ストリクスができるまで

ストリクスが出来上がるまでのできごとを、簡単に書かせて頂いた。少々甘っちょろい文章になっているが、気が向いたらお読み頂きたい。

アフィリエイト業界への入り口

今から8年ほど前、2011年頃。私は、売れないブロガーだった。

利益は、月額3万円程度。小遣いとしては、悪くない金額だ。しかし、それで生きていける金額ではない。長い間、その金額で停滞していた。

私は、会社員として働きながら、副業としてブロガーをしていた。会社員としての収入はある。だから、ブロガーとしての利益が3万円でも、生活に支障はない。

普通の人は副業などしない。多少なりとも副収入を得ていた私は、幸せと言える。しかし、停滞は辛かった。

不正PPC調査のボランティア作業

2013年の2月、日本アフィリエイト協議会の代表理事である笠井北斗さんがボランティアを募った。不正なPPCアフィリエイトサイトを調査するボランティア作業だ。作業時間は1時間程度のものだ。

笠井さんは、当時から業界内では著名な人だった。アフィリエイター向けのイベントや、不正対策のために様々な活動をされている人だ。

私は、そういったイベントなどを通して、笠井さんから多くの恩を受けていた。アフィリエイター向けのサイト作成のためのセミナーや、「超初心者」向けのセミナー、広告主とアフィリエイターをマッチングするためのセミナー。それらの多くを無料で開催していた。

広告主とアフィリエイターをマッチングするセミナーに関しては、広告主さんからいくばくかのお金を貰っていたのだろう。けれど、そうではないセミナーについては、どう見ても、笠井さんが収入を得られているようには見えなかった。笠井さんは、アフィリエイト業界を継続可能な業界にするために、短期的利益を捨てて、大局観に立ってそのような活動をしていたのだと思う。

アフィリエイターは、功利的に動く。基本的には、自分の利益を最大化させるために行動する。もちろん、法律を守ったり、モラルを持つのは当然だ。だが、それらを満たした範囲内であれば、自分の利益の最大化に向かって動く。

私も、そういう価値観のアフィリエイターだ。だから、ボランティア作業、と聞いて、面倒だなと感じた。ボランティア作業をするということは自分の時間が減るということであり、自分の時間が減るということは自分の得られる利益が減るということだ。

しかし、笠井さんから受けた恩は大きい。たくさんの無料セミナーで勉強させて頂いた。恩を返すべきだとも感じた。

笠井さんだけではなく、他の先輩アフィリエイターからも、見返りなしで知識をたくさん授かっていた。業界の健全性を維持する作業は、それらの先輩たちにも、間接的にではあるが恩を返すことになる。

面倒と感じつつも、私は、このボランティア作業を受けることにした。

乱れ飛んでいた札束

笠井さんから教えてもらったキーワードで検索すると、簡単に不正サイトが見つかった。

アフィリエイターなら、「リスティング全面禁止」とか、「会社名・商品名でのリスティング禁止」とか、そういった言葉をASPサイト内で見ることはよくあるだろう。普通のアフィリエイターは、そういうアフィリエイトプログラムでPPCアフィリエイトをすることはない。それにもかかわらず、不正サイトは大量にあった。

PPCアフィリエイトは、拡大が簡単な手法だ。成功パターンを見つたら、あとはお金を注ぎ込んでいけば利益はどんどん膨らむ。

リスティングが禁止されているアフィリエイトプログラムは、禁止されているからこそ、リスティング出稿が少ない。だから、契約に違反することを決意し、犯罪を行うことを受け入れた人であれば、PPCアフィリエイトで利益が出るアフィリエイトプログラムを見つけるのは簡単だ。そして、利益を拡大させることは、もっと簡単だ。

巨大な犯罪市場がここにあることを、私は理解した。普段見ている検索結果画面の中で、莫大な金額が、違法性を帯びた形で乱れ飛んでいるらしいことを知った。億単位の金額が動いていることが、容易に想像できた。

笠井さんは、これと戦っているのか。しかも、ほとんどひとりで。

笠井さんは、初心者アフィリエイターに知恵を授け、広告主の対応も行い、更に末端のアフィリエイターから見えないところでもこのような活動をしている。

この作業を受ける前から、笠井さんはすごい人だ、と思っていたけれど、すごさのレベルが、想像していたものと全く違った。笠井さんが受け止めているものの大きさは、私がこれまで見てきたどの仕事よりも大きかった。

自動化

このボランティア作業は、基本的には単純作業だ。検索窓にキーワードを入れ、検索ボタンを押す。そして検索結果画面の広告枠をクリックし、飛び先サイトがアフィリエイトサイトだったら違反。画面キャプチャを撮って記録し、あとでまとめて送る。簡単な作業だ。私はしばらく、機械になったように作業した。

機械的な作業、単純作業は、プログラムで置き換え可能なことが多い。私は、本業の会社ではプログラマーとして働いている。この作業は自動化できそうだ、と感じた。

本業の会社では、ここ3年ほどはシステム開発ではなく運用の仕事が多く、直接的にプログラムを書く場面は少なくなっていた。久しぶりにプログラムを書きたいという欲求もあった。

なにより、笠井さんの奮闘を助けたいという気持ちがあった。あなたがここまでやっているなら、あなたから恩を受けている私も、できる範囲でこの問題に取り組みたい。

そう考えて、私は開発に着手した。

作ってみると、コアな部分は一週間くらいで出来上がった。ボランティア作業ということもあり、最低限の労力で作る方針にしたからだ。100点とは言えないシステムだけれど、そこそこ役に立つはずだ。これで、この先のボランティア作業は気軽に受けることができる。

淡々と運営する日々

私は、アフィリエイターとして日々の記事作成をしながら、笠井さんから散発的に出てくるボランティア作業依頼に、このシステムで応えた。このシステムの存在を言い添えて、調査結果を報告した。

一度システムを作ると、もっと改良したいという欲が出てくる。最初は1台のパソコンの中で動く前提のシステムだったが、それだと毎回検知結果をメールで送らなければならない。だから、結果をWeb上で見られるようにした。

また、不正が大量にあるようだったので、パソコンが1台では足りない。複数台でも動くように改良した。私が以前使っていた古いパソコンをあてがい、検知効率を上げた。

淡々と、ボランティア作業として依頼に応える日々。相変わらず、私は売れないブロガーだった。

雅叙園にて

笠井さんからボランティア募集が来ないかと毎日チェックし、無ければブログを書く。私の興味はだんだんと、自分のブログよりも、このシステムや不正の状況にシフトしていっていた。

もしかしたら、このシステムはすごく価値のあるものなのではないだろうか。いや、でも、私が自意識過剰なだけかもしれない。そう思いながら、淡々とレポートを報告していた。

システムを開発してから9ヶ月ほど経った2014年1月。笠井さんからコンタクトがあった。私のシステムで調査して欲しい、と、アフィリエイトプログラムの一覧が送られてきたのだ。

笠井さんが、私のシステムに意味を見出してくれている。報われた、と感じた。

私は、すぐに送られてきた一覧データをシステムに投入した。これまで行った調査よりも規模の大きな調査だった。そして、いつもと同じレポートを、いつもよりも大量に送った。

2014年2月、目黒にある雅叙園で、大きなアフィリエイト関係のイベントがあった。私はそこへ、ブロガーとして招待されていた。そこへ、笠井さんと、鈴木珠世さんも参加されていた。鈴木さんも、アフィリエイト業界ではとても著名な方だ。

私が会場をウロウロしていると、鈴木さんが私を見つけて駆け寄ってきた。

鈴木さん「あれ、見たよ!」

鈴木さんは興奮した様子で続けた。

鈴木さん「すごく精度が高い。あれは、すごいよ!笠井さんも来てるから、ちょっと話そう!」

笠井さんも加わる。

笠井さん「あれはすごい。使わせて欲しい。今日はちょっと色々挨拶しなきゃいけないので、深い話はちょっとあとで本格的に話させて下さい。」

短い時間だったけれど、笠井さんも少し興奮した様子で話した。

笠井さんは常に忙しい。全方位で戦っているから当然のことだ。ましてや、今日は様々な商談や情報収集が行われる大規模イベント。1分、1秒も無駄にしたくないはずだ。笠井さんが、この大規模イベントの中の大事な時間を、数分ではあるけれど私のために切り出してくれた。たぶん、本当に大きな意味を見出してくれたのだ。

日本アフィリエイト協議会 正式ツールとして採用

このイベントの後、メールでやり取りし、私はシステムの詳細を説明した。笠井さんは、このシステムを、日本アフィリエイト協議会の正式ツールとして採用してくれた。

正式ツールと言っても、この時点では、まだ費用は頂いていなかった。完全にボランティアで、サーバ費用や電気代なども私が支払っていた。その意味では、私は丸損だ。

しかし、笠井さんも、協議会の代表理事として、さまざまに無償の活動を行っている。アフィリエイト業界の健全化と維持のためだ。

日本アフィリエイト協議会は、この時は立ち上がったばかりで、財政状況は極めて厳しいらしかった。詳しい内情は知らないけれど、私としてはそれが明らかであるように感じていた。

私はお金を丸損していたけれど、その金額は月額数千円程度だった。だから、丸損ではあるけど大損ではない。また、基本的にはシステムは自動で動くように作ってあったので、自分の時間が奪われることはない。

そしてなにより、笠井さんに恩を返していること、業界の健全化に役に立っていることに、深い満足感があった。だから、ボランティアとしてシステムを維持し続けた。

初めての顧客

2014年の秋頃、このシステムを買いたい、と言ってくれる企業様が現れた。日本アフィリエイト協議会を通じて、連絡を頂いたのだ。

私は日本アフィリエイト協議会へボランティアとしてこのシステムを提供していた。その申し込んできてくれた企業は、この日本アフィリエイト協議会の会員である企業だった。だから、何も言わずにいれば、このシステムを無料で使い続けられたはずであったと思う。

たぶん、その企業様は、私が身銭を切ってボランティアとしてこのシステムを運営していることを不憫に思ってくれたのだろう。詳しいことは聞いていないけれど、笠井さんからも口添えがあったのだと思う。

顧客がついたことで、私は発奮した。このシステムは、本当に世の中の役に立っている。

アフィリエイターの道を捨てる

1社契約が決まると、ありがたいことに、他の企業様からも申し込みがぽつぽつと来るようになった。嬉しく感じると同時に、迷いも出てくるようになった。

私は、これまでアフィリエイトブロガーとして活動してきた。しかし、私が出せる社会へのインパクトは、このシステムの運営によるものの方が大きいのではないだろうか。アフィリエイトブロガーを辞め、システム開発に専念するべきではないだろうか。

この頃、私のアフィリエイトブログは年間利益200万円ほどを出せるようになっていた。捨てるには惜しい金額だ。

しかし、200万円というのは、それだけで生きていける金額ではない。どうせ会社員として働き続けるのだし、この際、この200万円は捨ててもいいのではないだろうか。

迷った末に、私はアフィリエイターとしての道を、一旦捨てた。このシステムの開発に専念することにした。

捨てた先に見えたこと

アフィリエイターとしての道を捨てる、と心に決めると、このシステムに足りないものが見えてきた。これまで見て見ぬふりをしてきたものを、直視するようになったのだ。

足らなかったのは、ハードウェアだ。

十分な検知能力を出すためには、パソコンを10台ほど追加購入する必要がありそうだった。お金はかかるが、私はそれを決断した。

サーバも、十分な安定性を出せているとはとても言えなかった。高性能なサーバを2台追加した。

サーバの構築は、私にとっては苦手分野だった。だから、その作業から逃げていた。この時から、それらにも手を付けるようになった。

これらの施策は、完了まで1年ほどかかった。時間はかかったが、これを実行したことで、私はこのシステムを、自信を持って販売できるようになった。

また、ニーズが大きくなるにつれて、システムの名前を尋ねられることが多くなった。このシステムに、名前をつけていなかったのだ。夜間に獲物をついばむ、という意味を込め、フクロウの学名である「ストリクス」と名付けた。

日本アフィリエイト協議会でのセッション登壇

日本アフィリエイト協議会では、毎年12月に「本気でアフィリエイトを学ぶ会」という名前の会合を行っている。200人ほどが集まる、最も大規模な会合だ。2016年に、私はこの会合で15分ほどの講演をさせて頂いた。それだけ、不正PPCサイトが多いということだ。

私がこの講演をしたということは、私としては嬉しくもあり、悲しくもある。

講演を依頼して頂けるということは、私のシステム「ストリクス」が、業界内で重要な意味を持っているという証明であるように思う。その意味では嬉しいことだ。

その一方、わざわざ講演をしなければならないということは、それだけ不正PPCが蔓延したままだということだ。それは、私の力不足とも言える。その点では、悲しい。

嬉しさと悲しさが入り混じったまま、講演を行った。知名度が上がり、申し込んで頂ける企業様が次々に現れた。

それまで赤字であったストリクスは、やっと黒字化し、金銭的な痛みのない状態で運営していけるようになった。これで、このストリクスを運営し続けることができる。私は、安堵した。

更なる負荷分散対策

ユーザが増えていくにつれ、今度はサーバが悲鳴を上げ始めた。

ストリクスのサーバは、だいぶ古い。もともと、ボランティアとして小規模に始めたシステムだったから、価格帯としては安いサーバを選んでいた。処理能力は低い。そこへ、ユーザがどっと増えた。バッチ処理を想定時間内に完了できないことが多くなった。

サーバを移転するのは簡単なことではない。もちろん可能ではあるが、作業時間がかなりかかる。

金銭的な不安が解消したと思ったら、次はこっちか。

私は、またサーバを1台追加し、いくつかの処理をそちらのサーバに任せることにした。処理を任せるための開発を進めた。

開発している間にも、お客さんは増える。投入される検索キーワードも増える。検知を止めるわけにはいかない。検知を止めれば、契約していただいている企業様が、不正なアフィリエイターに莫大な報酬を支払わなければならなくなる。まさに薄氷を踏む思いだ。

負荷が高すぎると、レンタルサーバ会社から規制がかかる。ハードディスクへの読み書きや、ネットワーク経由のデータ転送などの制限だ。それらの規制を受ける日が何度か出てきたころ、負荷分散の機能が完成し、リリースした。

リリースしたプログラムは、幸いにも不具合なく動いてくれた。

ひとまずこれで、ストリクスは本当の安定稼働に乗った。金銭的にも技術的にも、続けられる、と自信を持って言えるようになった。

このあと、導入企業様は増え続けている。契約しているキーワード数を増やすお話もいくつか頂いた。収入は、まだまだ十分ではないが、なんとかギリギリ生きていけるくらいにはなった。

このストリクスの事業は、成功したと言っていい。今は、そう感じている。

2017年の講演

2016年の「本気でアフィリエイトを学ぶ会」に続き、2017年にも「本気でアフィリエイトを学ぶ会」での短い講演を依頼された。2016年と同様に、嬉しさと悲しさが入り交じったまま、淡々と講演を行った。

この場には、日本広告審査機構(JARO)の方も来ていた。不正対策、というキーワードで同じ方向を向いているように思えたので、会話させて頂いた。

聞くと、JAROさんとしては、薬機法違反のウェブサイトについて強く問題認識を持っていらっしゃるようだった。

薬機法違反サイト。例えば、「ガンが治る健康食品」のような、嘘の効能を謳った宣伝をしているサイトだ。

薬機法に関する問題としては、2016年にいわゆる「Welq問題」が発生していた。Welqは閉鎖されたが、その後も、薬機法違反のウェブサイトは減っていないとのことだった。JAROさんとしても、対応に苦慮されているそうだ。

確かに、私が普段見ている新聞社やニュースサイトなどにも、怪しいと感じるウェブサイトの広告がたくさんあった。私の主観としても、その課題認識には納得感があった。

次はこれだ、と感じた。

幸い、ストリクスは安定稼働している。突発的なトラブルはゼロではないが、基本的には手がかからない状態になっていた。規模の拡大も、当面はできそうだ。

この薬機法違反サイトの検出を、私の次のシゴトにしよう、と決めた。

もちろん、うまくいくかなんてわからない。でも、誰もやっていないからこそ、今のようなひどい状態になっているのだろう。挑戦する価値はある。翌日から、私は現状調査とプログラムの新規開発に着手した。

他にないものを作るということ

他にないものを作る喜びというのは、一度知ると離れられないものなのかもしれない。

私はストリクスで、他にないものを作る喜びを知った。辛い場面もたくさんあったけれど、このシステムを手放したいと思ったことは一度もない。そして、JAROさんと会話して、また他にないサービスを作ることに決めた。

私は、基本的には良いことをしていると思う。契約違反や法令違反をする人たちを見つけるサービスを作っている。だから、良いことをしている、とは言えると思う。

しかし、正義感で作っているとは思えない。私は、正義ヅラをしたい人ではあるけれど、自分の心が正義に染まっているかというと、そうではないと感じる。正義感というよりは、創作欲で作っているように思う。なぜだかわからないけれど、勝手に、手が動く。

私はおそらく、他にないものを作ること自体に、喜びを感じている。

自分に強い欲求があり、それを満たす手段があるというのは、幸せなことだ。私は、この幸せを手放すとは思えない。

今のところ、私の創作欲は、社会正義と一致しているようだ。私はこれからも、こういうものを作り続けるだろう。いつまで続くかはわからないが、作りたいという衝動が消えるまで、走り抜けよう。

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